(114) 回文と小さい字

「『え?』と問えよ、『え?』」
「……ぇ?」
「小っちぇえよ! 『え?』と問え!」
[えととえよえ ぇ ちっちぇえよ えととえ]

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 前に出したネタの焼き直し。


 今回からまた、回文のルールについてあれこれ考えるシリーズが始まりますよー。皆さん逃げないでねー。

 前にも書いたように、回文の定義「上から読んでも下から読んでも同じ文」には、実に多様な解釈があります。音の逆読みで考える(音ルール)か、文字の逆読みで考える(文字ルール)か、という差がまずあるわけですが、単純にそれだけではありません。たとえば、文字の逆読みを考えると一口に言っても、どの文字を同じものと見なすのか、あるいはそもそも、どういう表記法を使って考えるか、といったところで違いが出てきます。また、文字を基準にしつつも、制約を緩和するために音ルールを混用するケースもあります。回文のルールは本当に人それぞれです。もちろんそれは悪いことでもなんでもないですが、統一ルールがない以上、回文を読むには作り手の採っているルールを推測する必要がありますし、反対に回文を作るには、個々人が自分の納得のいくルールを自ら選ばねばならないということで、少々厄介ではあります。回文の種々のルールを知っておくことはそれなりに大事だと思います。

 というわけで、今回以降、いろんな回文のルールを見ていきます。回文を読んだり作ったりする上での、何がしかの手がかりになるとよいなあと思ってます。


 分かりやすいものから、ということで、今回は「小さい字」(「っ」「ゃ」「ぁ」などなど)について考えます。「音ルールの謎」シリーズではこれらの「音」を考えて、「感謝した写真家」「さっきの喫茶」は回文じゃないかも、などと危ないことを書きましたが、以下では小さい字を「文字」の面から扱ってみます。

 それなりに知られていると思われる“回文”
  カツラが落下
は、「つ」と「っ」を同一視するルールを採れば回文ですが、それらは異なる文字だとして区別すると回文ではなくなります。「つ」と「っ」を同じ文字と見なすのは自然で受け入れやすいですし、そうすることで回文が作りやすくなるので*1、「つ=っ」ルールを採る人は非常に多いです。(ほかの「ゃ」「ぁ」でも同様です。)

 今は促音拗音は小さく書くのが普通ですが、戦前は「いらつしやいませ」「殺つたのは俺ぢやない」みたいな表記が一般的だったわけです。だから多分、昔の表記法に慣れた方は、「元来大きい文字を便宜上小さくしているだけ」という意識があって、「つ=っ」ルールには何の違和感もないと思われます。「つ=っ」ルールの隆盛には、そういう日本語表記の歴史も大いに関わっていそうです。

 でも私は、大いに違和感を感じるんですよね。今の日本語の一般的な表記では截然と「つ」「っ」を分けてるわけだし。小さいころ、「びよういん」と「びょういん」は全然違うよ、みたいなこと本でさんざん読んで育ってしまったし。

 そういえば、歌人枡野浩一さんのエッセイ本『日本ゴロン』(毎日新聞社)の89ページに回文の話題が書かれていまして、それによると、枡野浩一さんも「つ=っ」ルールは「旧仮名遣いの時代のルールではないだろうか」とお思いのようであります。おおなんだか嬉しいですね。この本の回文論は(そこ以外もですが)たいへん面白いので、回文ファンの皆さん必読ですよ。とこれは余談でした。

 みなさんは「つ=っ」をいかが感じられますか。これはまさに各人の言語感覚の問題で、どっちがどうということはないですけれど、違和感を感じる人とそうでない人とではどっちが多いのか、少し気になってます。

*1:たとえば「落下」を回文に組み込みたいとき、「つ」と「っ」を同一視できないルールではどうしても無理が生じます。
  ガッケっかっらっ、落下っ! 怪っ我!
……極端にやりすぎですか。失礼しました。